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2004年1月15日〜2004年5月5日 一時退院、其の参

一時退院してから初めて実家に帰った時の光景は今でも鮮明に覚えている。
両親が名古屋まで迎えに来てくれた。
当時は退院したてでまだまだ寒い時期だった。
自主的にマスクをしていた時期だ。

両親共に「名古屋へ行く」と言う行為にだいぶ慣れたようだった。良いのか悪いのか。
下りの東名、上郷SAの焼き芋がお気に入りで、こっちに向かう途中何時も買っているのだそうな。上りの方にはそれが売っていなくて、あんたに食べさせてやれないのがどうのこうの…と母がまくしたてる。
父はコーヒールンバが流れる挽き立てコーヒーの自動販売機がお気に入りだ。
確かに他と比べてましなコーヒーを飲む事が出来る。

近所の○○君が結婚しただの、△△ちゃんに子供が生まれただの、そんな話に適当に相づちを打ちながら見覚えのある風景を眺める。
気が付くと豊川IC
そこから下道で豊橋市内を抜け、静岡県湖西市へ。
愛知県豊橋市と浜名湖、に挟まれた人口4万人位の小さな工業都市……?だ。
ラテンの方々はどの位居るんだろう?結構いらっしゃいます。
僕の実家はミカンで有名な三ヶ日町(現在は浜松市北区三ヶ日町ですが…)との境目辺り、言わば僻地の僻地に当たる所にある。
僻地なんて言い方、言い過ぎかもしれないけど最寄りのコンビニは夜10時に閉店するのでまぁ、言い過ぎでも無いかなぁ。
もっと言えば24H営業のコンビニへはそこから歩いて10分位離れる。
だけど…一時退院中の当時はそこはまだ出来ておらず、更に小高い丘を越えてもう15分位は歩かないといけないんじゃないかなぁ。

白血病患者には到底無理な距離である。
…まぁ、車借りて行ってたんだけど。

一時退院して直ぐに(懐かしの)airH"を購入し、プロバイダ契約をし、次回の入院に備える。実家でセットアップしたのだが、やっぱり田舎な為、電波が来んがね。


まぁ、それは置いておいて、

実家に足を踏み入れると懐かしい光景が。
玄関の薄明かり、廊下の感触、台所の床の色。
兄夫婦&甥っ子2人、もう1人はお腹の中。
妹、そのカレシ。

皆が勢揃いしており、何だか恥ずかしい。
普段実家に帰って来た時と同じ様に、冷蔵庫を物色し、ビールを開ける。
父が浜名湖で釣って来た黒鯛を塩焼きにして食べた。
浜名湖の黒鯛はやっぱ旨いねぇ。

僕が元気そうで皆ほっとしているようだった。
それを見て僕も嬉しかった。

飼い猫は2匹に増え、外に繋がれている犬は相変わらず落ち着きが無く小屋の周りをウロウロ。

兄はお酒が弱く、すぐに顔を真っ赤にして滑舌が悪くなり、そのうち寝てしまった。
兄弟共に口数は多く無い方なのでいつも会話がぎこちない。
そもそもウチの家系は父方の遺伝が関係してると思うけど、滑舌があまり良く無く(叔父→父→兄→僕、と段々マイルドにはなっていると思うが)、あれこれ喋っても何か気持ち悪くなっちゃいそうだから、まぁ、そんなんで良いんじゃないかと思う。

その反面、義姉さんはよく喋る。帝王切開を3回もやるのはうんざりだ、とか長男が小憎らしくなってきた、とか兄が家の事を全然やってくれない、とかとか。

その長男は漸く「僕」という存在を認識し出したのか、構って欲しそうな視線を送って来る。(ちょっとサボっていたら来年中学生です)
次男はだっこされながら義姉の耳たぶをずっと弄っていた。んもう、スケベ。

甥っ子達とウイイレやったり、妹のカレの人生相談を受けたり(半分くらい適当な事言った気がするが)…

そんなこんなで宴は終わり、後片付けをし、兄夫婦は帰り、妹達は部屋にしけこんだ。
父親は翌朝の朝釣りに向けて床に就き、残された母親と僕はダラダラとビールを飲み、だらしなく笑い話をした。
昔隠しておいたAVは未だ見つかる事無く埃を被っていた。

翌日、母方の実家に挨拶に行き、祖父母、伯母とお昼御飯を食べに行った。
祖父ちゃんは元漁師、今は小さな畑で玉葱等をを作っている。大らかで悠々自適な生活を送っている。僕は昔っからお祖父ちゃんっ子だった。
祖母ちゃんも少し口うるさいが優しい人で、僕はこの2人が大好きなのだ。


伯母さんも面倒見が良く、気が利く人で、親戚の中では一番お見舞いに来てくれた人だ。
母親は4人姉妹の3人目で、この伯母さんは2番目に当る。
皆AB型で、皆仲が良い。
残念ながら、婿養子の伯父さんだけは、好きではない。
まぁ、親族の中にそう言う人って一人は居るよねー

祖父ちゃんは終始ニヤニヤしていた。本当はニコニコなのだが、顔の造り的にそう見えた。
何か喋る前に顔を右手でゴシゴシやる仕草がとても好きだ。
祖母ちゃんは相変わらず色んな事にキイキイ言っていたが、相変わらず可愛かった。

僕は幸運にもそんな環境の中で育ってきた。
家族、親族といっても所詮は他人、でも、好きな人達を悲しませる事はしてはいけない。
何とか元気にならねば、と思いつつ、実家で静養する時もあったのだった。


《続く》


at 19:43, kentaweller, ずっと前 vol.1

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