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2003年12月 セミ・クリーンルーム〜大部屋復帰、誕生日

さてさて、早いもので12月。
皆が楽しみにしているあんな事やこんな事が目白押しな12月。
でも…
僕は個室に軟禁状態だった。
血球が中々思ったように増加してくれない為、基本的に部屋から一歩も出る事が出来ない。
トイレ行く時に部屋を出てると言えば出てるんだけど…出来てんじゃん。
部屋にはおまる的な簡易トイレが置いてある事から基本的にはココでスルのが決まりなんだけど、隣がトイレだったので、まぁ、そっちで。
僕と同世代の女の子にうんことかやっぱ見られたく無いじゃないっすか。ねぇ。何だかんだ言っても。
そこら辺は良い感じにユルくて助かったのかもしれないな。


で、話は逸れましたが、僕は外部との接触は禁止されていた。
親族(と猫娘)以外は基本的に面会謝絶。

事情を知らない友人が多数来てくれていて、ナースステーションで門前払いを食らっていた。
この場を借りて陳謝します。
ミニチュアのクリスマスツリーとかトナカイの玩具とか紙切れに書いたメッセージとか、ホワイト餃子とか。気の利いた人は料理書なんてものもお見舞いとして頂いた。
どうもありがとうございます。

体調はほんとに良かった。
前が前だったからだろうけど、何かもうひと仕事終えた気分。
病気の治療なんて目の前の事を少しづつ乗り越えて行く事しかできないんだけど、昔から「詰めが甘い」と言われ続けた男子としてはあんまり良く無いよね。
まだまだ始まったばっかじゃん。
せっかく5キロ痩せたのに、この期間ですぐに元に戻った。
極端だなぁおい。

一回だが、カテーテルが詰まってしまった事があった。
何かの拍子で点滴が早まってしまっていて、常時流れている生理食塩水が予定よりもだいぶ早く終わってしまっていた。その状態で時間が経つと血液の凝固によって針が詰まってしまう。当時は血小板も常人の8分の1程しか無く(それでも凝固はスル)、定期的に輸血をしていたので新しい針を刺す必要があった。
カテーテルは右鎖骨下、同じ所からは出来ないので左鎖骨下を切開して通そうとしたのだけど、そっちの血管が普通より奥の方にあるらしくカテーテルを通す事が出来ない。
なので左右鎖骨下に切った貼った縫った、痛々しい傷が数カ所。
右腕から少なくなってきた血小板を輸血しつつ左腕からカテーテルを通す作業、切って通して縫って貼った。どんなプレイだ。

ま、そんな出来事もあった。

僕が入っていた部屋は北側に窓があり、くどい様だが、一応部屋から出ては行けない事になっていたので約2ヶ月おてんと様にお会いしていない事になる。
無性に太陽の光を浴びたい。
順調に行けばもう個室から解放されてある程度自由な大部屋生活に戻れる筈だったんだけど、僕の病気は普通の白血病では無く、元の病気がじわじわと白血病方向に進んで行く病気なので、抗がん剤投与後の血球の回復もかなりゆっくりであった。
やっぱ、予定されていた物がその通りに行かなくなる事に対しての焦りはあったけど。

まぁ、しょうがない。

じっと待つ。
…信長の野望、鈴木家でクリア

じっと待つ。
…信長の野望、波多野家でクリア

そんなどうでも良い事を悶々としていたクリスマス間近の20日、当初の計画より大分遅れはしたが、なんとか血球も回復してくれ、主治医から大部屋復帰の許可が出た。

許可が下りたのが土曜の夕方で日曜日は病院の業務自体はお休みなので大部屋に戻るのは翌月曜日なのだが、もう堂々と廊下を歩き、物の多さに戸惑いながらも堂々と売店で品物を物色した。当時連載中だったカバチタレの新刊が並んでるのを見つけただけで小躍りしてしまう程に。

お見舞いに来てくれた人と会う事が出来るのが特に嬉しいよねー

太陽の光を浴びる事が出来たのは鳥肌モンだった。
日当りの良い非常階段の踊り場で縁側の猫のように過ごした。
当時、病棟の隣に新病棟の建設工事が行われており、窓の外では病人的には致死量なんじゃないかって位の土埃がわんさか舞っていた。
窓には「絶対開けるな」的なシールが張ってあったがたまに開け放たれたままになっていた。誰だそんな事をスル奴は。

1ヶ月以上隔離されてると大部屋事情も色々変わっており、若干戸惑った。
前述のM木くんの様に晴れて退院して行った人も何人かは居た。
相変わらず元気そうな人も居たが、様態が悪化してベッドから出られなくなったり残念にも亡くなってしまわれたり、なんて話もちらほら。
そういう病気なんだよ、と再認識させられた。


さてさて、クリスマスイブ。
幸か不幸かその日は僕の誕生日。
これまでも仕事柄別に心躍る何かがあった訳でも無いし、仕事に追われるばっかりであった。
それで今年は病院でメリークリスマス。
よっぽど縁が無いのね、こりゃ。

でもでも同郷の友人がホールケーキを持って来てくれたり、本やらCDやらピンク関係まで皆さんに気の利いたプレゼントを頂いた。どうもありがとうございます。
そして猫娘からの珍しく長い手紙に涙を落とした。

その日は中日の立浪、福留、井上3選手がイベントでやって来るし、普段は鉄骨を吊り上げているクレーンはクリスマスツリーのイルミネーションをぶら下げ、夕食にはチキンが出たりとうっすらとではあるが病院自体が浮かれたムードに包まれていた。

そんなクリスマスムードにほだされたのか乗っかってみたかったのかどうなのか、25日誕生日の看護師さんとプレゼント交換なんて今から思うと忘れてしまいたい位恥ずかしい事をやったりもした。

相変わらず馬鹿だな、僕は。
何やってんだ。

《続》

at 03:56, kentaweller, ずっと前 vol.1

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